Entries

多数決の論理

ついにムシャラフ退陣を決めた。自ら非常事態宣言をしてしまったところで、時間の問題と思われたが、誰もがいつも正しい判断をするようであれば、歴史はこんなに混乱しない。これはパキスタン人民の判断に従ったものだが、その退陣するムシャラフをアメリカは支持していたのだから、パキスタン人にとっては迷惑な話だ。

彼がクーデターでトップに上りつめたとき、どう考えてもクーデターというものが遠い存在の日本にいることをしみじみと思った。そしてクーデター(超法規的措置?)と手段は何であれ、多数決で国際社会に認められれば、国家元首におさまってしまうのだ。国際社会だって想像の共同体みたいなものなのだから、自分に害が及ばない限りは積極的には動かない。そして核を手にし、国際社会から制裁を受けていたけれども、9-11で突然、はなはだしい外部要因により、突如、アメリカの同盟国になってしまう。それもかなりねじれた関係だ。

それでも最後は人民の選択には勝てないということか。それとも、王様ではないリーダーの寿命はこんなものなのだろうか。

中国の真実

昔から2008年という年は特別な意味を持っていて、=北京オリンピックだと思っていた。それまでは、北京オリンピックまでは中国は海外からのプレッシャーもあり、台湾問題でもチベット問題でも、容易には動けないものと思っていた。それを題材にした小説も多かったと思う。しかし、経済を人質にとられた国際社会の動きは口先だけで、オリンピックをボイコットする者はなく、オリンピックはなぜか進行中だ。

そして中国の体操女子チームは、本当に16歳?と世界の衆目を集めながらも優勝したが、いくらアジア人が若く見えるからって、限界があるだろう。16歳を証明するには、もしくは真実を知るには、小学校、中学校の記録を積み重ねればすぐだろうが、それができないところが中国だ。北朝鮮は体操で3年続けて同じ少女を15歳として、出場させたそうだが、それはご愛嬌として、こうあからさまなところを見せつけられると、今後が思いやられる。すべては中国のいうがままになってしまうのか。

金融帝国の崩壊?

久しぶりにニューヨークに戻ってみると、バケーション中の人が多いのだろうが意外なほどに静かで(このあたりの人は三連休あれば、どこかに行ってしまう)、金融機関の損失計上のニュースが続き、金融機関のレイオフに加え、インベストメントバンクが人員を伸びている国に送り込む配置換え増加のニュースまであった。

当分、ニューヨークで稼ぐのは難しそうだ、となれば、組織の判断として、伸びている国、インド、東欧、中国などにトップの人材を送り込むのは普通の合理的判断だ。しかし、アナリストインドに移し始めた今、主戦場自体が向こうにシフトし始めているのではないだろうか。昔からエマージング市場は稼ぐ場であり、伸びているときには、皆が足繁く、出張していたものだが、インド、中国の規模は出張規模ではなく、人員を丸ごとはりつけて、そこでしのぎを削らずしては案件は取れないだろう。

アナリストもコールガールスキャンダルで失脚したスピッツアーのおかげで、利益相反の名目でインベストメントバンキングから切り離され、もっと外注しやくすなってしまった。利益相反があるとしても、アナリストの質の維持からいえば、何がベストだったのか、考えさせられる。日本のアナリストは言葉の壁という高い参入障壁で守られているが、優秀なインド人が、その牙城を打ち崩す日も近いのかもしれない。おまけに彼らは英語には不自由しない。

するとウォールストリートに残るのは何だろう。脱工業化したあげくの金融産業も、お金が必要な人について外にいってしまうのだとしたら、それがさらに進んだグローバル産業のトレンドなのだろうか。

スカーフと政治

ビジュアルなイメージは昔も今もインパクトが大きい。本人が写真映りのいいネクタイ、シャツを身に付けるだけでなく、背景も周到にアレンジする必要がある。画家やカメラマンが試行錯誤してベストの構図を決めるのと同じだ。しかし、写す人達は第三者なので、何が写ってもいいように準備しておく必要がある。そこで先週、オバマのキャンペーンのスタッフは、「オバマイスラム」を誰かが連想しないように、スカーフを頭に巻いた女性にオバマの後ろの席から移動するようにお願いした。本人はよかれと思ってしたことだろうが、今はイスラム層からの反発を買い、足をすくわれた格好だ。

イスラム圏から遠い日本にいると、フランスで頭に被るスカーフが問題になっても、感覚として遠いものに感じるが、ここではヤンキースの帽子を被り、自分の贔屓チームをアピールする以上に、髪型、服装などの格好で宗教、信条の主義主張をしている人が多い。有権者は様々な集団に分かれ、オーバーラップし、片方にいい顔をすれば、他方が引くという変数の多い環境で大統領選挙に勝ち抜くのは難題だ。人種、宗教も超えた統一感を狙っているのに、スカーフを被っていちゃいけないのか?というのは当然の成り行きだろう。

縮小する富

下落する株式市場と不動産価格のお陰で、アメリカの家計の富は2002年以来の大きな減少となった。株式市場は持ち直しているが、不動産価格はアップダウンがあるのではなく、ずっと下落できているので、カバーしようがない。この『富』は金融資産の時価評価だから、本当の意味での富とはいえない気もするが、アメリカの個人消費はこれに左右されるのだから重要だ。

次にフローの部分、日々の稼ぎでいけば、5月の失業率は0.5%と1975年以来の大きな上昇で、2004年以来の高い率、5.5%となった。当然株式市場は下落する。

短期的に富を目指すか、長期的な富を目指すかで、ウサギとカメのように人間の行動は変わってくるだろう。友人の観察によれば、中国からの移民は言葉のハンデこそあれ、ロジカルでスマートで、子供は皆エリート大学に通っているという。教育に力を入れるのはアジア系の特徴だ。教育の効果が現われるのには時間がかかり、世代をまたぐかもしれない。ただ一度頭の中に入れたものは、株価が下落しても、失われる恐れはない。幸福追求権を行使する力を手に入れたようなものだ。本当に世界がフラットになり、よりスマートで、より早い人が有利になるのであれば、本物の富の分布も、金融資産の分布も変わってくるだろう。